30歳で教員を辞めた男の人生

30歳で教員を辞めて気づいたこと、教員をやっていて学んだことなどを書いていきたいと思います。教員の方も、そうでない方も、仕事と生き方について考える参考にしてきただける記事を目指します。

入試改革と教育現場のギャップ

大学入試改革のニュースが世間を騒がせることが多くあります。

私が知る範囲で、日本では、教育を改革するためには、まず入試を変えようとする傾向があります。

入試を変えたあとは、後追いで(ほぼ現場丸投げで)、実際の教育が変わると考えているようです。

最近では、アクティブラーニングとよく聞きますが、「主体的・対話的で深い学び」をしていこうと改革が進んでいます。

ここから入試も、「主体的・対話的で深い学び」を取り入れた改革をしていこうとしたようなのですが、それがどうしても生徒の実態とズレていると、自分には思えます。




大学入試センターの試行調査の問題がこちら。おそらく大学入試共通テストの新傾向になるものです。

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そして、この問題のねらいというのが…




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こういった傾向は、大学入試だけでなく高校入試でも見られます。

身の回りに数学を活用する力とか、数学について対話する力とかを測ろうとしてるようですが、ペーパーテストでそれを測るのは無理があるのでは…と自分はどうしても思います。

文書が長く、懸命に勉強してきた数学に到達するまでが長い…という声も聞かれます。

こういった傾向を受けて、対策で類題を解きまくる生徒は多く見ますが、身の回りに数学を見つけて対話してる生徒はあまり見られません。

塾や学校の先生たちは、これまでの学習指導に加えて、長文読解のポイントを指導する必要に迫られつつあります。

私が見る限り、生徒は、数学という学問自体の難しさや面白さで対話をすることが多い気がします。

日本の学習指導も、数学という学問本来の面白さによるべきではないか。入試も、そうあるべきでないか。と、最近よく考えます。

太郎くんと花子さんの対話を読まされても、対話する気にはなれないし対話の力はつかないと思います。

教育を取り仕切って舵取りをする方々が、現場の状況、こういった生徒たちの実態を、認識してくれたらいいと思うのですが…

勉強の方法の指導

1対1の家庭教師をしていて、とても重要だと感じるのは、家庭学習のやり方の指導です。

「次にテストをやるから、このテストを復習してきてね」

といって、出題する問題や範囲を具体的に伝えても、その生徒がぜんぜんできないことがありました。

上のように、「結果を要求」するだけでできるのは、その結果にたどり着くための方法を知っている者だけなのだと、気づきました。

とすると、指導する側の私がやるべきことは、「その結果にたどり着くための方法」を教えることです。

「その結果にたどり着くための方法」は、人によって合う合わないがあるので、よく相談しながら、一緒に考えて、その人に合った方法を指導していく必要があるでしょう。

私が担当している生徒は、家庭学習で「インプットの回数が少ない」ことと、「インプットしてわかったつもりになりアウトプットしたときにボロがでることが多い」という状況がありました。なので、今回は「自分で説明できるまでノートを読み返す」と言う方法をやってみるように伝えてみました。

授業のときに、実際に「弧度法って何?」「三角関数の方程式はどうやって解く」と質問してみて、説明しをてもらうと、記憶も曖昧で、言葉足らずで、説明ができない。そこを、どのように説明すると正確かを伝え、要点を抑えた説明をできるまでトレーニングをしました。

やや高度な方法ですが、もともと理解力や言語能力が十分にあると判断しての指導です。

これで、どれだけ結果が出るか、次回テストをしてみます。

結果を出す方法を追究して、自分の指導力を高めていきたいところです。

教員を辞めてからのSNS活用

教員を辞めてから、たくさんの時間が生まれて、ブログ、YouTubeTwitterFacebook、といったコンテンツへの投稿がかなり増えました。

まだ忙しく教員をやっている友人のフォロワーが多い中、頻繁に投稿する自分は浮いているような存在にも思えます。

しかし、頻繁にSNSを更新するようになって、SNSで自分のことをアウトプットすることのメリットをたくさん感じています。

①楽しい

教員のころは、公の立場の人間として、多くの生徒や保護者の目を気にしてSNSで発信など、気軽にできませんでした。

私も同様に、発信にかなり気を配る先生も多くいるし、逆に発信して保護者生徒に否定的な目で見られる先生も見てきました。

そういった公の目から解放されて、1人の人間として、自由に考えを外に出すのは、とても楽しいです。

②人とのつながりを感じられる

あまり連絡をとっていなかった知人から、コメントをもらえたり、忙しくて会えない友人とやりとりができたりして、人とのつながりを感じられます。
時間的、距離的に、連絡が取りづらい人とも繋がりを感じられるSNSの素晴らしさを感じています。


③文章を通してのコミュニケーション力が鍛えられる

いいねやコメントが欲しいので、面白く、わかりやすい文書や動画の作り方を、すごく考えます。
これって、仕事にもつながる力だと思うので、とてもいいことだと思います。


教員のころは、SNSが生徒に及ぼす悪影響(中毒性や犯罪への関与)や社会的に消えない傷を残すリスクなど、SNSに対してネガティブなイメージが強かったです。

今はSNSの素晴らしさをかなり感じています。

これからも、SNSを通じた発信を続けて、他者と有益なつながりをつくれるよう努力し、対人コミュニケーションの面で、自分を成長させていきたいです。

家庭教師1ヵ月目 ここまでを振り返って

今日で、家庭教師の1対1の授業をやりはじめて、1ヵ月ほどになります。

数学の授業では、どんどん先に進めたいところだったのですが、今回の授業は、これまでの学習内容の定着がいまいちで、復習や、反復トレーニングに授業時間をかけてしまいました。

つまり、1ヵ月の内容がきちんと身についていませんでした。

この状況を踏まえて、これまでの取り組みを振り返って、反省点と改善策を考えなければなりません。


①「授業」で新たなところを「理解」する
②「自主学習」で復習して「定着」する

効率よく学習を進め、結果を出すには、①→②のサイクルをきちんと繰り返す必要があります。

①「授業」の反省

*現状

・進度を意識して授業を早く進めすぎていた。
・そのときは理解できている様子でも、定着が追いついていない場合、時間がたつと忘れてしまうようである。
・家庭教師を始める前の単元の学習内容で、落ちがちらほらあって、それが理解を妨げている場合もある。

*改善策

・生徒の定着させられる量を見極めて、授業を進める早さを調節する。
・質問やテストなど、理解度の確認の時間を、よりこまめにとる。

②「自主学習」の反省

*現状

・数学では、宿題を課していたが、生徒は真面目に取り組んでいる。
・「自力で正確にできるレベル」まで復習はできていない。
・効率の良い自主学習の方法を、自分の中にもっていない。

*改善策

・復習のゴールを、具体的かつ明確にして伝える。
「次回の授業の最初に、小テストで今回のと同じ問題をやるから、それで全問正解できるようにしよう」

・効率の良い自主学習の方法を、授業のときに、伝える
「できなかった問題に印をつけて、そこだけ反復しよう」
「見返して自分でわかるように、ノートを取ろう」
「インプットとアウトプットを両方やって定着をはかろう」

※※※

今回は、授業の最後に、

「効果的な学習のやり方を考えていこう」
「定着の部分はできるだけ家でやってもらう方が、授業が進んで効率がよい」
「質問はLINEですぐに送ってもらう方が、返事を送って授業時間が確保できる」
「次回、ここの問題を小テストでやるから、できるまで復習しおいて。

ということを話しました。
授業以外の時間を、いかに有効に使えるようにしてあげることが、非常に重要なのだと思いました。

教員を辞めてからの交友関係の変化

教員を辞めたら、交友関係に大きな変化がありました。

変化①
【最近連絡をとっていなかった友人と連絡をとるようになった】

教員時代は、なんといっても時間がなく、自分の睡眠時間や家族との交流の時間を生み出すのがやっとでした。

友人で、結構仲が良い人でも、誰が結婚していて、何人子どもがいるのかとかを、自分がほとんど把握できていないのです。

我ながら薄情でした。

教員を辞めたことをきっかけに、ひさびさに連絡をとって、ゆっくり話す時間をとれた方がたくさんいます。

穏やかな気持ちで、ゆっくり友人の近況を聞ける時間は、やはりとても豊かなものです(^ ^)


変化②
【自分から、他人に関心をもち、交友関係をつくるようになった】

教員のときの私は、積極的に交友関係をつくる姿勢がなくて、「受け身」な姿勢で、学校を中心に、自動的に作られる交友関係に、引きずり込まれていました。

学校は、とても人情が重視される世界です。

私が望まなくても、役割や、組織からの圧力、パワハラや暗黙の了解によって、学校を取り巻く方々と交友関係を保つことが良いこととする空気があります。

そのような交友関係を、回避する方も多くいましたが、私は回避しないタチでした。むしろ、自分から積極的に飛び込んでいた方です。

理由は、保護者や先生、地域の方々と、仲良く交流することが、結果的に、私をとりまく子どものたちにプラスになると思っていたからです。

しかし、ここでの交友関係は、「この人と仲良くなりたい」「この人に興味がある」と相手に関心をもって作った人間関係ではなく、仕事のための、責任感や使命感から、嫌な言い方をすると、我慢して作り上げた人間関係だったのです。

教員を辞めたら、そういった人間関係から解放されて、頭がとてもスッキリしました。

そして、自分から交友関係を広げたい、と考えるようになり、相手に関心をもつ意識が生まれ、心が豊かになりました。

当時の教え子や保護者と、今も連絡をとったりしていますが、それは仕事を抜きにした、私の意思と、相手への関心によるものです。

「愛の反対は無関心」とはよく言ったものです。教員のときの私の、他人への無関心さは、良くなかったと今は思っています。

皮肉なものですが、教員を辞めた今の方が、相手に関心を持って、笑顔で愛情深く他人に接することができている。

当時の私みたいに、他人に関心をもつ、心の余裕がない先生が、きっとどこにでもいると思います。

なので、子どもたちのためにも、教員の労働環境は、やはり絶対改善の必要があると思います。

YouTube動画投稿までの道のり④

最近、YouTubeで授業動画を作りました。動画を作るのは意外と大変で、何度も壁にぶつかり、その都度工夫をしながらなんとか投稿ができました…。

↓初投稿の動画
https://m.youtube.com/watch?v=qZn454ZNbg4


私なりに、動画をつくるときのステップとポイントを書いてみたいと思います。
(以下、前記事の続き)

④不要な部分を削る作業を繰り返す


『細かいところまで説明しよう』
『生徒のリアルなつまずきを入れよう』
『例え話をいれた方がわかりやすいかも。ギャグもいれよう』

…このように、動画を作っていると、伝えたいことがたくさん浮かんで、情報を詰め込みすぎてしまう傾向が、私にはありました。

実際に、録音をしてみると、セリフが長くなって、なんとも聞き苦しい動画に…。

動画は、不要な情報を極力なくし、シンプルなものが、わかりやすいでしょう。

セリフの台本を作ったあと、2、3回読み返して、削れるところはとにかく削る作業を入れてみる。

動画を編集する作業の段階でも、少しでも削れるところは削る。

何回も動画を見返すと、何回も、削って良いところが見つかります。

不要な部分をけずる作業、何回も繰り返して、短時間で伝わる動画を作るのが良いと思います。

YouTube動画投稿までの道のり③

最近、YouTubeで授業動画を作りました。動画を作るのは意外と大変で、何度も壁にぶつかり、その都度工夫をしながらなんとか投稿ができました…。

↓初投稿の動画
https://m.youtube.com/watch?v=qZn454ZNbg4


私なりに、動画をつくるときのステップとポイントを書いてみたいと思います。
(以下、前記事の続き)


③動画がしょぼくてもBGMで雰囲気が出る

最初にBGMなしで作った動画を見たとき、そのしょぼさに絶望しました…。

とりあえず、だめもとで、試しにBGMを入れてみようと、フリーの音源を探してみると、なんとも素敵なBGMがたくさん見つかりました。

ワクワク感やほのぼの感など、「音だけでこれほど雰囲気が作れるのか!」と私は感動しました。
(クリエイターの方々、本当にすごい!)

そのおかげで、作った動画にBGMを入れるだけで、かなり良い雰囲気を出すことができました。BGM、あるとなしで全然違うので、必ずしっかりと探した方が良いと思います!